月夜見 “春遠からじで鬼は外”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  


このシリーズでもちょくちょく取り上げるものの中、
昔々から現代に至るまでしっかり居残り、
大事に継承されてる風物詩やお祭り、
暦にのっとった行事にも色々あって。
正月元旦のご来光や初詣でに始まって、
さまざまな事初めの行事に神事に。
それからそれから、
若草摘んだり 七草入れたお粥を食べたり、
お鏡開いて 新年の儀式に使った縁起物を燃やすどんどを焼いたり。
そんなこんなの一月は、厳かにも慌ただしいままに過ぎてゆき。
それらが済めば、次に構えるは春の訪のい、
一番最初の季節の境目、節分と立春がやって来る。
今時の暦と昔の暦は微妙に違い、
農耕の暦を数え始める立春こそは、文字通りの春の最初。
何もかもを真っ新なそれとするがため、
その前日までに、厄や穢れは全て祓われねばならず。
そこでと催されるのが、鬼を追い出す節分会。
元々は、大みそかに宮中で行われたという鬼やらい、
追儺の儀式であったものが、
民間へ降りての いつしか鬼を豆で追い払う行事となった。


 「鬼は細かいものが苦手なんだと。
  だから、小さな粒々の豆をぶつけると怖がって寄らないし、
  イワシの細かい骨も恐れるんで、
  頭のついたの、門口に下げれば良いなんて言われてるワケだ。」

 「ふ〜ん。」

節季のお祝いやお祭りには、謂れを取り入れた料理が付き物で。
それでか、いろんなことに詳しいのが、
一膳飯屋“かざぐるま”のサンジという板前さん。
藩主のお膝下にあたろう、お城下の店屋とはいえ、
お武家様の大きな屋敷ご用達とかいうほど、
格式ばった代物を扱ってる訳じゃあないけれど。
そこへと出入りの大店の旦那何ぞが進物に持ってゆきたいのでと、
節季や何やの凝った料理を頼む機会が多いため、
少しずつ勉強して身についたらしいのだが、
真相は…といや 実は微妙に逆さま。
身分が邪魔して自分では運べない町なかで、
そりゃあ美味いと評判の料理をぜひとも味わいたいからと、
ご贔屓筋のお武家様からねだられて…というのが真相なので。
言わば、向こうから頭を下げられての依頼。
よって、日頃ではとてもではないが手の届かぬ食材であれ、
伝手を駆使して取り寄せてくれるもんだから、
こっちにも旨みはあっての美味しい依頼なんだとか。

 「だからって、俺が親分へのご褒美を出す謂れはねぇんだがな。」
 「いいじゃんか。詰めるのに余ったの、分けてくれるぐらいvv」

アワビの蒸し煮や寒ブリの照り焼き、
山くじらの大和煮に、
どこだったか北方の地鷄の炙り…と、
大名様の御膳ものだってそこまで珍しい品揃えは滅多にあるまいという、
何とも豪華な“定食”をお昼ご飯にと供されて。
すっかりご機嫌、お日様みたいににっこにこで昼休みを堪能中の、
麦ワラの親分さんだったりする昼下がり。

 「ウソップはどうしたんだい?」
 「ああ、ゲンゾウの旦那からの言い付けでな、シモツキ神社に詰めてんだ。」

立春の前、節分の豆まきに行われる恒例の行事、
ご城下で人気の芝居の役者やら小町娘やらが、
特設の壇上から煎った大豆をばらまく“お披露目”がある。
そのための舞台である壇上を設える大工さんたちに間違いがないようにと、
事故や不具合のないよう統括する本部に詰めており、

 「ウソップだとさ、
  ただの素人じゃあ判らない、ああいうことへの手際や何やに通じてっからさ。
  それでってんで大工の棟梁たちからもご指名があったんだと。」
 「へえ〜。そりゃあ あいつも名が上がって良いこったな。」

このご城下での名物行事に、それも請われて引っ張り出されるなんて、
いっぱしの名誉じゃねぇかとサンジが感心すれば、

 「でもよ、宮大工のおっちゃんたちも詰めてる現場だからよ、
  出される弁当は精進物ばっかで、魚も卵も肉もご法度なんだって。」

俺だったらそれは勘弁だななんて、
豚の三枚肉の角煮を、
さも美味しそうに大きく口を開いて“あ〜ん”と頬張ってみたりする。
ゴマ豆腐や飛竜頭が嫌いなわけじゃあないけれど、
何たって食べ盛りなお年頃の彼だから、
野菜や穀類ばかりの食事というのは、さすがに味気無いものなのだろう。

 「…っか〜〜っ、んまかった〜〜っ、ごっそさんっ!」
 「そりゃどうも。」

串や飾り物の小枝などなど以外はきれいさっぱり平らげて、
満面の笑みでいいご挨拶を贈られれば、まま悪い気はしないということか。
煙管へたばこを詰めながら、
彼にしちゃあ機嫌のいい方のお愛想振った板さんであり。

 「その豆まき会場の設営ってのには、親分も駆り出されてんのかい?」
 「いんや。俺は当日の見回りだけだ。」

何でか来なくて良いって言われててよ、
俺があちこち壊すとでも思ってんのかな、失敬な…なんて。
不満げに“ぷんぷくぷー”と頬を膨らました彼の言いようへ、
さて、そりゃあどうだろかなんて、
はっきりしない物言いしたサンジだが、
何にもしないままなんでもかんでも壊して回るような、
生粋の壊し屋な彼じゃあないことくらいはよくよく承知。

 “きっとあれだろな、仕事が捗らなくなるから。”

陽気で気さくな親分さんへは、
棟梁たちもついつい目がゆき、話しかけてもしまうだろから、
怠けはしないだろうけど、それでも仕事が捗らない。
人気者なればこその困ったところ、今回は蓋されちゃったわけらしく、

 「不貞なさんな、親分。きっと当日のお勤めに集中しなってことだろよ。」
 「そっかなあ?」

怪訝そうに小首を傾げた様子も、まだまだ子供っぽい所作の彼だ、
細かいところはわざわざ告げてやらなかったのだろう、
ゲンゾウの旦那の対処だったらしいのも頷けて。
こんな張り切り親分が守るのならば、このご城下は今年も安泰だぁねと、
我がことのように嬉しそうなお顔になった板さんだったりするのである。




  ◇◇◇



このお話の舞台はあくまでも
“グランド・ジパング”という架空の世界なんだけど。
風物のあれこれが和国の江戸時代に似ているのでそっちのお話を少し。
昔の暦での春夏秋冬は、そりゃあ区切りよく数えられてたそうで。
一月二月三月が春、四月五月六月が夏、
七月八月九月が秋、十月十一月十二月が冬という区分けの下、
その節目を境に、装いもきっちりと切り替えてしまう、
習慣も差し替えるのが粋だとされて。
現代とは微妙に時期がずれるとは言え、
立春直後、一番寒さが厳しいあたりが春の初めとしたもんだから。
そこから以降は綿入れも着ない、足袋も履かないのが粋だとされ。
寒くなんかねぇと片意地張ってたんでしょうね、恐らくは。
江戸っ子が頑固なおじいさんばっかだってのは、
そこから来ているのかも知れません。(こらこら)
着るものだけじゃあない、
風物へもこの日限りというような潔さがあって。
たとえば凧揚げは二月いっぱいと決まってる。
なので、町角で売っているのも十一月から二月末まで、
雑貨屋も兼ねてる番太郎さんの出店などには、
小遣い握りしめた子供らが、
この月いっぱいのお楽しみへ わいのわいのと群がるそうで。

 「今日は久々に晴れたしなぁ。」

町屋の軒が連なる縁取りはそんなに高くもないから、
その向こうには遠い山々を借景に、
冬の青空とそこに揚がった奴凧や字凧という、
今時限定の一景が悠々と広がっており。
寒い寒いと肩すくめながらも、
いいお日和ですねぇと挨拶し合う人々は やはり笑顔。
紺ぱっちの足元をすっきりと見せる 着物の尻はしょりも、
今日はさほどには寒くもなくて。
軽快な足取りでたかたか歩めば、


  「…………お。」


特に平生と変わらないつもりでいたけれど、
それでもそんな胸の奥、
いつでも起動出来るようにと、潜んでた何かがあったらしくて。
気がつきゃ足元に力をためており、
それをいっせぇのと開放して飛んだ先では、

 「…げっ。」

距離があったせいか、
それとも殺気なんてゆ物騒な気配じゃなかったからか。
一気に宙を滑空して来た人間砲弾の標的さんが、
ギョッとしつつも避ける気はなかったらしく、
その懐ろにて ど〜んと受け止めてくださって。

 「召し捕ったぞ、ゾロ。」
 「人聞きが悪いな、親分。俺りゃ何もしとらんぞ。」
 「うるせぇや、勝手に療養所を出てっちまったじゃねぇかよっ。」
 「あれはもうすっかりと治っちまったからだし、先生方には挨拶したぞ。」
 「俺には内緒だった。」
 「親分は小正月の祭りの縁日や何やの見回りで忙しかったんだろうが。」
 「そんでもだっ!」

いきなりの捕り物かと思いきや、
何だ親分さんのお友達かと、
そういう方向でも慣れがある周囲の皆様が、
胸を撫で下ろすとそれぞれのお勤めや目的地への道行きへと立ち戻る。

 “この感覚も、凄げぇといや凄げぇやな。”

こんだけのビックリごとを“な〜んだ”で納められる肝の太さは、
長生きの秘訣かもしれないと。
お元気な親分さんを、足が浮いてる状態でしがみつかせたまんま、
のんびりと感じ入っている坊様の方だって大したもんで。

 「何だよ、親分。
  じゃあ、挨拶もなく退院してった俺がつれないじゃんかと、
  ずっとずっと気にかけててくれたってのかい?」

忙しいってだけじゃあない、
ちーと鳥頭なところもある少年だったりするので、
よほどのこと重大な案件でもない限り、
うっかり忘れることがしばしばなのもお見通し。
顔を見たから“そういえば”と思い出しただけなんじゃあと、
揶揄を込めての言い返せば、

 『…そ、そんなことはねぇさ。///////』

図星を指されて怯みつつ、赤くなっての引き下がるかと思った。
だって、今たとえを出したよに、彼は年がら年中忙しい身だ。
ほんの一昨日までだった一月中だって、
様々な催しの警邏を軸に、
突発的に起きた捕り物の幾つかへも、勇んで翔ってったの知ってるし。
まだまだ寒いから火の用心も要るだろと、
そちらの夜回りもこなしてて。
忘れん坊でなくたって、
雑事は後回しになっての忘れがちになろうほどもの忙しさだったの、
ちゃんと見ていて知っていたから。
ちょっとした知り合い、
怪我をしたのが心配だったとしたって、いちいちずっとは覚えてなかろうと。
正直者な彼だからこそ、
自分の口から言わせて“ほれみろ”と窘めたかったのに、

 「馬鹿にすんない、ずっと案じてたんだからな。」
 「………はい?」

脾腹ってのは、いいか? 腹の中からも力がかかる場所だから、
傷がくっついたって油断しちゃなんねぇ、
ちょっと身を起こす程度の力がかかっただけでもすぐ開いてしまうんだ。
それをどんだけ言い聞かせても、あの坊さん、
ちょっと眸ぇ離すとすぐにも起き上がって動き回るから困ったもんだって、

 「チョッパーがそう言ってたんだって、ちゃんと覚えてんだからなっ。
  だから、」

だから、今 姿を見て唐突に思い出したんじゃないと、
大きく胸を張って言い足そうとしたのを、

 「…な…っ。///////」

こんな往来で真っ昼間っから何を叫ぼうとしてますかあんたと。
咄嗟のこと、大きな手のひらでルフィの口許がっしと押さえ込み、
もう一方の腕を回して小脇に抱え上げると、
人目を避けるよに…それにしちゃあ派手な駆け方でその往来から逃げ出した誰かさん。

 「あんな目立ってて隠密の仕事が果たせるところが一流の証しなのかしら。」
 「ロビンさん、そういう皮肉は…。」

同僚への気遣いか、
夜鳴きソバ屋のドルトンさんが、やっぱり苦笑するのを傍らに、
こちらさんもまた隠密というくくりでは同業の、
黒髪の美人がくすすと微笑い。
今年も何とはなくいい年を送れそうなご城下を、
暗示しているようなほがらかな一場面、
苦笑交じりに見送った、皆様だったようでございますvv





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.02.02.


  *鬼は外、福は内。
   今年の恵方は東北東だそうです。
   豆の代わりに親分が飛んで来た訳ですね、お坊様へ。
(違)
   こ〜んな大威張りで“あんたは特別だからっ”と言い放っても、
   まだ自覚はないというから、
   周辺で見守る方々も大変です。
(笑)

素材をお借りしました とんとん工房サマヘ

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